その内にFAXは無くなるのでは?

既にWordにはFAXテンプレートを入れていない。
簡単だから、適当に作成した。


昔はPCからFAXモデムで直にFAXしたが、
今はADSLでFAXモデムが使えない。


WordでFAX文書を作り、印刷し、FAXで送るという不合理さ。


FAXはその内になくなるのではないかな?



1987年アメリカに赴任した時に、
アメリカでは殆どFAXを使っていなかった。
1000人だか2000人だかいる事務所でもFAX機は1台で
且つ、誰も使っていなかったので、
機械自身が使えなかったように記憶している。


その後、日本のFAXメーカーの努力の成果か、
FAXはアメリカでも普及していた。


1991年に転職した先の会社では、
アメリカからサポートのエンジニアが沢山来ていた。
彼らは皆当時最新のMACのノートブックを持ってきて、
レポート作成などで活用していた。


当時はプリンターなども違う機種では使うのが難しい時だった。
彼らはMACで作成したレポートを
社内のFAXへ送って、印刷していた。


驚きのアイデアだった。


その後、1992年に4ヶ月間のアメリカへの放浪の出張に行ったときには
Dynabookを持って行ったが、印刷が必要なときには
ホテルの自室から電話機経由でFAXモデムを使って、
ホテルの事務所へFAXした。
ホテル受付でFAX来てないと聞くと、持ってきてくれる。
非常に便利な使い方だ。


最近はインターネット接続でもモデムを使わない。
ATコマンドも忘れてしまった。


それでも自宅の棚の奥には、
1987年に初めて買ったスープラのモデムがしまってある。
2400ボーで、スープラは始まったばかりで
通販で150ドルだった。
当時の最高級のHayseの2400が1500ドルくらいだったから、安かった。
アメリカへの出張では毎回持って行ったので
スープラは外枠も外れ、スイッチも取れて、ぼろぼろになってしまった。


1995年頃にダラスへの出張時に
ダウンタウンの倉庫街の中古パソコン屋でHayes2400を見つけた。
2回か3回見に行って、帰国前夜に思い切って購入した。
50ドルで1年間無料の修理サービスと言われたが、
明日日本へ帰るからというと30ドルにしてくれた。


これは懐かしくて購入しただけで、
購入当時でも2400BPSでは時代遅れだったので
1回も使ったことがない。
博物館行きのモデムだ。


我が家の棚の奥はPCの博物館だ。
HP95LX,HP100LX,Timexウェアラブル時計、タッチパネルのDTH1(?)など
昔の機械がいろいろとある。
地下にはIBMのXTが3台、IBMPS2が2台ほどあったが、
数年前に廃品回収に出してしまった。
懐かしい。