音楽好きにはお薦めのミステリー(?) オルガニスト

◎  オルガニスト (新潮文庫) 山之口 洋


この本も非常に面白かった。
1998年に日本ファンタジーノベル大賞受賞とある。
確かに、想定外の物語。
楽家を目指す二人(天才オルガニストとバイオリニスト)が大学で同室になり、
ピアニストの女性も含んだ三人が仲良くなる。
交通事故でオルガニストが半身不随になりオルガンを弾けなくなり、
オルガニストが失踪する。
この辺りから、段々とミステリー風になっていく。


話も面白いが、文中にちりばめられたバッハ音楽への思い、造詣の深さを思わせる文章が素晴らしい。
推理小説的に読み始めたが、途中で何箇所もラインマーカーで線を引いてしまった。


バッハの『われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ』(BWV.639)について

・・・この曲は見かけよりははるかに難しい。ギムナジウムの生徒だって練習すれば奏けるが、オルガニストとして聴衆に訴えるものをこの曲に盛るのはとても難しい。技巧の問題ではないからだ。この曲には技巧などというものを超えて、奏く者の音楽観や世界観がそのままに出てしまう。・・・

・・・義しいバッハだった。清明な宗教心に満ち、なんの技巧もないように聴こえるが、実は完璧なまでの技巧が一切の跡をとどめずに隠れ去った、そんなえんそうなのである。

この文章を読んで、
BWV639のオルガンを探して聴いたが、
若輩なのだろう、難しさ、凄さが判らない。

音楽もまた感情を伝える媒体だ。楽譜は作曲家の感情が凍ったものだ。曲が奏かれるとき、特に優れた弾き手によって奏かれるとき、作曲家が音楽に封印したその感情は融けて流れ出し、聴き手の中に、類似の感情を呼びさます。そのとき、弾き手自身の感情もそれに重ねあわされ、聴き手に伝わる。表現された音楽それ自体は、結局のところなにものでもない。最高の文学が単なる文字の集まりにすぎないのと同じだ。重要なのは、そこにこめられた作曲家と弾き手の感情なのだ。

当たり前のような気もするが、作曲家と演奏者の関係を的確に表現しているように思う。

ふつうの意味で感情豊かな、情感あふれる人間に、必ずしも聴き手の心を動かす演奏が出来るわけではない。もちろん技巧の有無とは別の次元の話だ。日常的な感情を演奏に注ぐことは、弾き手としてむしろしてはならないことなんだ。

始めの部分は自分でも思っていること。後半は演奏者ではないので判らない。


オルガニストは、最後にはオルガン自身になり音楽となってしまう。
音楽好きには意味深い小説だと思う。



こういう小説は、大沢 在昌 の 天使の牙でも同じような身体的な話だが、
天使の牙では、初めから身体的な変化があかされて、
その後のハードボイルドになる。
このオルガニストは秘密を明かしていくタイプの書き方。