音楽家と脳の関係 ピアニストの脳を科学する

この記録は2013年に書き、そのまま放置してあったが、公開。
その内に見直し、修正しよう。
         2018/1/15(月)

                                                                                                            • -

◎ ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム


この本も非常に面白い。
音楽も好きだし、脳とか心理学も好きな人にはお勧めの本です。



はじめにのiiiページ

「音楽家」たちのために、音楽をすると言うことは、脳と身体から見るとこういう営みなのだ、ということを明らかにしたいと思うようになりました。そうすれば、

「根性と忍耐」の不条理な練習で、心身を傷めずに済むと思ったのです。

ということで、著者が演奏者をあきらめて、音楽演奏科学者になった理由、当著作の目的が判る。


5ページ

実は、ピアニストとそうでない人の決定的な違いは「脳」にある。そのことが、1995年ころから徐々にわかってきました。80〜90年代以降に、脳の大きさや

機能を調べる装置・欺術が飛躍的に向上したために、ピアニストを被験者とした実験・研究がおこなわれるようになったからです。超絶技巧を可能にする脳

の仕組みが、少しずつ解明され始めているのです。



6ページ

指の筋肉に「動け」という指令を送る神経細胞がたくさん集まった脳部位(運動野)があります。この部位の神経細胞が活動すると、背骨の中にある脊髄を

介して指の筋肉に電気の信号が送られ、筋肉が収縮し、指が動きます。
機能的MRIやPET(巻末の注を参照)と呼ばれる脳画像診断装置を用いると、脳のどのあたりが、どの程度動くのかがわかります。



7ページ

その結果、同じ速さで同じ指の動きをしているにもかかわらず、活動している神経細胞の数は、ピアニストのほうが、音楽家ではない人よりも少ないと言う

ことが判ったのです。



45ページ

ところが、音が一切聞こえないにもかかわらず、聞いているピアニストの脳内では、音を聴くための神経細胞が活動しているのです。
これはつまり、人が演奏している姿や手指の動きを観るだけで、脳の中で音が聞こえてくる、あるいは音がイメージできると言うことです。ピアニストには、

目から得た情報を、音の情報に変換する脳の回路があるのです。



56ページ

ピアニストの脳は、演奏中に聞こえてくる音が、イメージしている音と同じかどうか、常にモニターし続けています。イメージと違う音が鳴ったとき、ミスが起こ

ると言えそうです。過去の音が、未来の演奏を安定させたり、不安定にさせたりするわけです。



70ページ

「脳のやわらかい」時期にたくさんいい音楽を聴いたり、音楽の教育を受けることが、その後の人生で音楽を深く楽しむための”一生の財産”となる

でも、私は40年以上音楽を聴き続けるだけで、結構”わかる”という感覚で、音楽を楽しんでいるがな。


72ページ

このように、成人後であっても、ほんの短期間のトレーニングで、良い耳を育むことは可能なようです。・・・継続して訓練を積むことが、良い耳を育むために

は必要ということでしょう。

ということで、長く聴き続けることでも、音楽を聴く耳は育つようだ。


74ページ

楽家の耳が良いのは、単に、音楽をたくさん聞いているからだけではなく、自分の体を使って楽器を奏でているからなのです。



75ページ

聞こえてきた音楽に対して、・・・・音楽の諸要素にしたがって、脳の別々の部位で処理されているのです。

80ページ

脳幹というのは、耳から入った音の信号を最初に処理する脳の部分で、聴いた音の波に良く似た形の電気活動を示すことが知られています。つまり、脳幹

の電気活動の特徴が、聞こえる音の波の特徴と似ていれば似ているほど、脳幹は正しく音の情報を処理していると言えるわけです。



83ページ

音楽と言うのは基本的に、複数の旋律を複雑に織り交ぜて作られています。音楽家は、同時に鳴り響く複数の旋律を聴き分けたり、オーケストラの中で自

分の演奏する音をしっかり聞き取ることをふだんから求められているのです。



91ページ

目から入った情報を動きに変換する「上頭頂小葉」
・・・・・・・・
ピアノの鍵盤を正しく押えられるようになると、上頭頂小葉という脳部位の活動が強くなることがわかりました。



98ページ

「耳から覚えた情報の一部を蓄えるために、視覚野の神経細胞を活用している」・・・・・
ちなみに、視覚障害をもつ人々も、単語を耳から記憶する能力が高いことが知られています。ある研究で、彼らも音楽家と同じように、目からの情報が脳

内で処理されていないにもかかわらず、耳から聴いた単語を思い出しているときに、視覚野の細胞が活動することがわかっています。



105ページ

初見演奏では、「複数の音符を記憶する」「目が複数の音符の情報を一度に読み取る」「適切な指使いを瞬時に選択する」作業をおこなっている



111ページ

初見演奏と関係のある要因をまとめてみましょう。少なくとも以下の6つが挙げられます。
?15歳までの初見演奏の練習量
?左手を右手と同じくらい器用に使えるか
?楽譜上の視覚情報をすばやく処理できるか
?楽譜を見て音を正確にイメージできるか
?ワーキングメモリーの大きさ
?適切な予備使いをすばやく決められるか



113ページ

以上の2つの研究結果を考え合わせてみると、ピアニストが即興演奏をおこなうとき、完全に「無」から新しく何かを毎回作り出しているというわけではなく、

頭の中の引き出しにストックされた音楽アレンジのパターンを選択し、決定するということを繰り返しながら、多彩な音楽を紡いでいるといえます。



116ページ

ピアニストにも3大疾病と言えるものがあります。腱鞘炎、手根幹症候群、フォーカル・ジストニア



120ページ

腱鞘炎と手根幹症候群は、筋肉と神経、すなわち「身体」の側で起こる問題ですが、フォーカル・ジストニアは「脳」で起こる問題です。しかし、その詳細なメ

カニズムは完全に解明されておらず、根治すうための治療法も確立されていません。フォーカル・ジストニアを発症したがために演奏家生命が絶たれてしま

う人は、少なくないのです。



132ページ

ジストニアを発症するのはたいていがクラシック音楽演奏家で、ジャズの音楽家には殆ど発症が見られないからです。クラシック音楽の世界は、即興の

許されるジャズに比べて、コンクールや試験においてミスが大きな減点対象になうなど、ミスに対して寛容ではなく、より正確な演奏が求められる傾向があ

ります。



143ページ

しかし一方で、毎日10時間練習していても、一度も身体を痛めない人がいます。4時間でも手を傷めてします人がいるのに対して、なぜこのような違いが生

まれるのでしょうか?こうした事実から、近年、「使いすぎが手や腕を痛める」と言う単純な考えに疑問を持つ人が、教育者や研究者のあいだで増えてきて

います。
現在主流になりつつあるのは、「不適切な身体の使い方や弾き方(ミスユース)が、演奏によって身体を痛める引き金となる」と言う考え方です。



152ページ

ピアノの教育では、腕をはじめ身体の力をぬいて楽に弾く「脱力」ということが100年以上も前から言われており、それがいかに重要かを記した書籍はやま

のようにあります。ピアニストやピアノ指導者の多くは、経験的に、脱力が重要であることをよく知っているのですが、一体どのようにすれば脱力できるのか

は、個々人の感覚や経験に頼る部分が大きく、本によっても指導者によっても実にさまざまです。



156ページ

その結果、プロのピアニストはアマチアに比べて、鍵盤が底に着いてから力を加えている時間が短いことがわかりました。・・・・・
打鍵が済んでしまってから、つまり鍵盤が底まで降りてしまった後に幾ら力を加えても、音は変化しないと考えられています。そのため、鍵盤が底に着いた

あとに鍵盤を押さえるのは「無駄な仕事」と言えるでしょう。音を鳴らすと言う目的にとっては不必要な時間に筋肉を働かさないことで、「省エネ」をしている

わけです。
・・・・・鍵盤を抑えたままでロングトーンを保持している「親指・人差し指・中指」が発揮する力を調べました。その結果、アマチア・ピアニストは、プロの3倍も

の力で鍵盤を押さえ続けていたのです。



162ページ

ピアニストは、手を持ち上げるために収縮した力こぶを弛めることで、重力に任せて腕を落下させ、打鍵していたのです。
さらに面白いことに、大きな音を鳴らそうとすると、ピアノ初心者の場合は、肘を伸ばす筋肉(上腕三頭筋)をより強く収縮させていたのに対し、ピアニストは

力こぶをよりたくさん弛めていました。



164ページ

重力を利用しながら狙った大きさの音を出すというのは、ある程度訓練しないと、実はとても難しい作業なのです。
実は、筋肉というものは、狙った大きさだけ力を発揮するときよりも、弛める時の方が、よりたくさんの脳部位が働くことがわかっています。



168ページ

疲れやすい肘から先の筋肉を使わず、代わりに疲れにくい肩の筋肉を積極的に使うピアニストの打鍵動作は、まさに疲労を回避するための卓抜な省エネ

術と言えるでしょう。



209ページ

いくら名曲でも、音色や音量が全く変化しないような、無表情な演奏では、ひとは感動できません。ピアニストの感性と高度な技術によって、作曲家が表現

したい想いや情景に、豊かな表情が与えられ、聴き手の心を動かすのです。



211ページ

ピアニストや指導者は、「タッチを変えれば音色が変わる」と強く信じており、一方で、音響学者は物理学の観点から、理論的にピアノの音色を変えることは

不可能であると、考えてきました。



216ページ

結論から言うと、腕全体の「しならせかた」を変えることで、2種類のタッチを自在に使い分けていることがわかりました。叩くタッチの場合は、片の筋肉を使

って腕全体をしならせることで、指先を加速させて打鍵していました。一方、抑えるタッチの場合は、腕を振り下ろす動きそのものがないので、片の筋肉を使

って腕をしならすことはできません。・・・手指と前腕の筋肉を瞬発的に収縮させ、そこで生まれた力を利用することで、腕全体をしならせていました。



218ページ

ピアニストは、非常に繊細な力の調整をするスキルを備えていると同時に、fffからpppまでの広いダイナミック・レンジを表現できるだけの、大きな力を増減

できるスキルの両方を兼ね備えているわけです。



221ページ

その結果、揺らぎの量が減るにつれて、聴き手は、演奏の情感が乏しく、機械的だと感じることがわかりました。
・・・・・
音楽のルールにのっとった範囲での表現の微細な彩のみが、聴き手の心を揺さぶるのです。



222ページ

興味深いことに、テンポの揺らぎの違いで情感の豊かさが変わるというこの傾向は、聴き手が音楽家である時の方が、音楽家ではない人よりも、強かった

のです。



224ページ

音量と打鍵の頻度の両方を大きくするための身体の使い方には、大きく分けて3つのパターンがあることがわかりました。全ピアニストの中で最も多かった

のは、指と手首の動きを増やしていく弾き方で、全体の3分の2のピアニストがこの使い方をしていました。つまり、早く大きな音で弾く時ほど、指と手首を動

かすスピードを速くしていました。次に、全体の6分の1のピアニストは、指の動きをむしろ減らし、肩、肘、手首の動きをどれもまんべんなく増やしていて、残

りの6分の1は、肘の筋肉より固め、肩の動きを大きく増やしていました。



228ページ

感情を込めた演奏の時には呼吸が深くなり、それだけ呼吸する回数が減るのです。この特徴は、この曲の終盤、つまりクライマックスの部分で顕著にみら

れました。
・・・・・音楽を「聴いて」感動するときには、むしろ1分間あたりの呼吸の回数は増える・・・・



229ページ

感情をこめて演奏するときには、また、身体を前後左右に揺さぶる動きが見られるのが特徴です。・・その動きは音楽のリズムに同期・・・身体が良く動いて

いるときは感情も高まっているのだろうと思うと、必ずしもそうでもないようです。感情を込めた演奏で身体を動かさないようにしてもらっても、心拍数や自律

神経の働きは、身体を動かして演奏するときと差がありませんでした。



230ページ

ピアノを演奏しているときの方が、聴いているときよりも心拍数が高く、それは交感神経の活躍が上がり、副交感神経の活動が下がるために起こっている

ことがわかりました。



231ページ

音楽を聴いてゾクゾクするときに働く脳部位は、食事や、非合法ドラッグの摂取、性的な刺激によって快楽を感じる時に働く部位とおなじだったのです。



232ページ

お気に入りの音楽を聴いていて感動しているときには、線条体という脳部位から、ドーパミンと言って、脳が報酬を与えられた時に出す神経伝達物質が沢

山分泌されていることでした。・・・・・
側坐核というのは「快楽中枢」とも呼ばれており、まさに鳥肌が立っているときに働く脳部位です。・・・・・
音楽による感動という”ご褒美”をあらかじめ予測してドーパミンを出す脳部位(尾状核)と、感動することによってドーパミンを出す脳部位(側坐核)の2つが

ある



233ページ

怖い音楽を聴く時や、不協和音を聴いて「気持ち悪い」と感じる時には、扁桃体という脳部位が働く・・・



234ページ

音楽に意識を集中して聞いているときの方が、単に聞き流しているときよりも、心拍数があがることがわかりました。



238ページ

耳鳴りが聞こえる音の高さに対応した聴覚野が過敏になっているので、その神経細胞が処理する音の高さの音が脳の中で鳴り響くわけです。・・・・

これは、お気に入りの音楽から、自分の耳鳴りする音の高さの音を取り除いて、1年間聞き続けると、耳鳴りが治ったという話。
私も昔から耳鳴りがヒドイので、この方法で治せないかな?